『ナナのリテラシー』など自らの作品をKDP(Kindle ダイレクト・パブリッシング)で発売し、2013年の利益が約1,000万円に達したとことで一挙に注目を集めたマンガ家・鈴木みそ氏。そして若手マンガ家の育成を支援する「トキワ荘プロジェクト」を率いる菊池健氏。マンガとマンガ家の未来を本気で考える二人が、マンガ業界の動向を示すデータとともに、セルフパブリッシングの表と裏を語ります。決して恵まれているとはいえない出版状況の中、読者とのミニマルな関係性の中でマンガ家はいかにサバイブしていくべきなのでしょうか? 本連載「VOYAGER SPEAKING SESSIONS」最終回です。
※2014年7月4日に第18回国際電子出版EXPOの株式会社ボイジャーブースで行われた菊池健氏・鈴木みそ氏の講演「KDPが私の道を拓いた!」を採録したものです。元の映像はこちら。
【以下からの続きです】
1/7:「マンガ家一人ひとりの分配がどんどん下がっている中で、」
2/7:「ガラケーの時代からマンガアプリ全盛の今に至るまで。」
3/7:「『たくさんの人にいきなり見せる』というデビューのルートが新しくできた。」
4/7:「売れていく過程がすごくリアルで面白いから、ずっと日記に書いていて。」
電子書籍のセルフパブリッシングは作家を救うか
鈴木:その話全体が面白かったのでマンガにしました(『ナナのリテラシー』)。
もともとそんなに売れているマンガ家じゃなかったので、生活に困って電子書籍を始めたという話とか、(初版が)2万部を切って1万部くらいになると紙の単行本を出すのも厳しいという話とか、紙の本で1万部売っても原稿料がペイしない、みたいな話もこの中に盛り込んで。マンガの中にもグラフを持ち込んだりしたんですけど、「電子書籍は『来る』んでしょうか」という質問に対して、
主人公の山田仁五郎が「ない」といきなりマンガの中で言っています。このマンガは「KDPは作家を救うんです」という結論にいくので、これはフリなんですが。
縦軸に年収、横軸にマンガ家の数を取ったグラフもマンガの中に入れ込みました。
つまり、マンガ家というのはものすごく売れる人と売れない人がいて、売れる人のトップ100人の年収が億を超えるだろうと。実際に後で聞いたら、上位の100人の平均年収は7,000万円くらいで、全部で5,300人ほどいるマンガ家のうちの残りの5,200人の平均年収が350万円くらいだそうです。このように、マンガ家は非常に貧富の差が激しい。ものすごく稼いでいる人たちが中心となって(マンガ業界を)動かしている。その二極化がどんどん進んで、僕らみたいな中間層が減って、グラフがL字型に近づいていく。ということで「これから先、マンガ家は飯を食うのが難しいぞ」と言っているのがこのマンガなんですよ。
作家の原稿料は何部売ればペイできるのか
この『ナナのリテラシー』がどのくらい売れたのか。紙の本では2万部刷ったのですが、1万ちょっとしか売れないので、「連載を長く続けるのは難しいよ」と(編集者に)現在言われてます。紙の単行本が売れないといけないんです。
一方で、この作品の電子書籍化権はを僕が持ってたので、紙と電子を同時に出したんです。電子書籍は最初2,000部くらい売れたんですけど、Amazonの1日だけの安売りセールで3,000部売れまして、トータルで6,000部ぐらい、今売れているんですね。
紙の単行本の場合は、1冊600円の本が2万部売れたとすると、印税が10%ですからマンガ家に入ってくるのは120万円くらいです。それに対して電子書籍は印税が70%ですから、400円の電子書籍を6,000部売ったら、180万円ほどの印税になる。すでに電子のほうが印税が大きくなっているんですね。
でも、1ページあたりの原稿料が2万円だとすると(単行本およそ1冊分の)193ページで400万円くらいの原稿料を出版社は用意しなくてはいけないし、そのお金は単行本として紙の売上でペイしなければいけないというのが従来の出版社のやり方です。仮に(紙で)2万部売ったとしてもペイしきれない。もし、紙ではなくてAmazonでいきなり描き下ろして連載をしたとしても、6,000部売ってもまだ足りない。多分、電子書籍で2万部販売できるようになると、原稿料と単行本印税全部まとめた金額をペイできるだろう、と。そこまで市場が上がってきてくれないと、まだいろんなところで何とかやっていくしかないんです。
だから僕らは、紙と電子のどっちかではなくて、どっちも一緒に使っていって、読者につながるチャンネルをたくさん持てるといいと思います。『限界集落(ギリギリ)温泉』が1,000万円を売り上げて、それ自体がニュースになって、自分自身がこうやってまたメディアに登場することで、初めてマンガに興味を持ってくれるような人たちが市場を回してくれる。これが売上につながるといいな、という風に思ってます。
noteによるマンガ家の「タレント化」
鈴木:先ほど挙げた「note」では、とても短い作品――例えば6ページから8ページのマンガ――を100円で売ると、結構買ってくれる人たちが多いという、新しい可能性を持った媒体なんですね。電子書籍というより「こんなの描いてるよ」というイラストでも、面白がって100円で買ってくれるみたいな、同人誌の売買のように展開しているすごく面白い媒体。あそこで例えば、雑誌に発表した僕のすべての作品を、1ヶ月遅れで読ませることもできるし、単行本も実はnoteで読める――そういう仕組みを、月500円で毎月発表していったら、それは原稿料の代わりになるんじゃないかみたいなことを今考えていて。これはまさにファンページみたいなことでもあるんですが、1,000人くらいの固定の読者を持つことによって、売れないマンガ家でも、小さな村でこつこつと生活していくということが一つの選択肢になるんじゃないかと考えてます。電子でなら、たくさんお金を出してくれる優良読者を持てば、そういう生活はできるんです。100円の本を100人が買ってくれるのも、1万円の本を1人が買ってくれるのも、金額は同じですから。そういう風に、(従来のマンガ読者とは)ちょっと違うタイプの人たちと歩いていく。そのために、マンガ家である僕自身もマンガだけでなく日記も書き、「◯◯さんと一緒にごはん食べたよ」みたいなことを写真つきでアップしたり、それを見る権利をまたnoteで販売したり、半分自分がタレント化したようなものなんですけど、そういったいろんな売り方をこれからは展開できるんじゃないかと今考えてます。
※動画中の0:37:11から0:44:32ごろまでの内容がこの記事(「従来とはちょっと違うタイプの読者たちと一緒に作家は歩いていく。」)にあたります。
[6/7「『電子出版めんどくさい』と言っていた大御所も市場に入れば、歯車が回りだす。」に続きます](2015年2月5日更新)
構成:長池千秋 / 編集協力:猪俣聡子
(2014年7月4日、第16回国際電子出版EXPOのボイジャーブースにて行われた講演「KDPが私の道を拓いた!」より)
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